志真の記録

内向的人間のちょっとした発信。

自作小説

春を教えるのはたんぽぽではない

朝、誰もいない教室。 一番最初に入ったのは、3年間の中で初めてだ。 窓際の席に座り、窓の外を眺めて中学生活を振り返る。 授業をサボった回数は数え切れないし、先生と喧嘩した回数も数え切れない。 こんな俺でも心がざわついてしまう卒業という言葉が、誰…

コーヒーのうしろに

今週のお題「大発見」 見つけるべきではなかったかもしれない。 貼り紙で募集するアルバイト、 昼でも薄暗い店内、 マスターの入れるこだわりのコーヒーは格別に美味しいのに、 それは何かしらのきっかけで店に入り、他の喫茶店と同じように、なんとなくコー…

脱落者 改訂

この仕事の好きなところは、手を水で洗い流す、それを何度もできるところだ。 手で水を受けている時は、その美しさに見惚れているだけでいい。 カウンターを挟んで真正面に座る三人組のひそひそと話している声も、 こんなに細く流れる水の音が掻き消してくれ…

僕だけじゃないんだろうけど

太陽が沈むと、こんなにも寒い。そのことに僕は安心していた。太陽は照らしすぎる。 本当は、こんなにも冷え切っていて、 痛くて、透明な空気を、 ジリジリと燃やし、熱く、息苦しくしてしまう。 先生は胸ポケットからライターを取り出して、 タバコに火をつ…

子どもの家

「可哀想だなって思った、色んな意味で」 「色んな意味で?」 少年は笑いながら聞き返してくる。 「本当に、子どもみたいな大人っているんだなって。ひと回り以上も年下の私にそう思われたことも、可哀想だよね」 「ふーん」と、少年は、ゴロゴロとした氷が…

臆病なのは

湊川は、チェストの上にある親指ほどの大きさの、ピンク色に塗られた塊を手に取った。 「例えば、これだよ」 うさぎのフィギュアだ。 「うさぎと私が、似ているということですか?」 湊川は私に、臆病だと言った。 うさぎの寂しがりやなところや、繊細なとこ…

真に受けた男

すでに彼女のことは見えていなかった。 頭の中にだけ存在している視界にも、彼女の姿はなかった。 あいつが話していたことが、気になって仕方がなかった。 それが隠語かどうかは、もうどうでもよかった。 頭の中で、クローゼットの隅に置いている、 何年前の…

伸びる影よりもこわいもの

夜になりきっていない、中途半端な時間だった。 近付いてくる。 片手にスマホを持ち、俯き加減で歩く女。 顔に髪が掛かっているが、ちらちらとこちらを見ては、 手元に視線を落としているのは分かった。 傾いた日が、黒くて細長い影を作り出している。それで…