志真の記録

内向的人間のちょっとした発信。

カーテンは開けないけれど

僕はカーテンを開けない。


そのせいで、家で過ごす時は外の様子がまるで分からない。

 


いつもは落ち着くはずのカーテンの内側。

それがとてもこわくなったのがこの前の休日だ。

 

カーテンの内側で静かに本を読んでいると、急に気が付いた。

実は外ではとんでもないことが起きていて、

僕が世界中の注目の的になっているのではないかと


玄関の前には僕の部屋に押し入るタイミングを図っている警察官が何人も待機してして、

その周りを近所の人たちが、ただの好奇心で囲っている。


そんな気がしてしまうといてもたってもいられなくなって、とりあえず玄関を開けてみるしかない。

風が吹き込む音と、この焦燥感に似合わない鳥の可愛らしいさえずりが聞こえた。

そこに誰もいないことを確認して玄関を閉めたが、何故だろう不安は消えなかった。

 


部屋に戻り薄手のパーカーを羽織って

もう一度慎重に玄関のドアを開けた。

さっきの鳥は、もう何処かへ飛んだみたいだ。

ゆっくりと外を歩いて、何も起こっていないか、いつもと違うところがないか確認して回る。

特に何もなさそうだけれど、

いつもより静か過ぎるその空気は、皆が息をひそめて隠れているせいなんじゃないかと思えてきた。

 


けれどもそれはさすがにただの妄想だと、僕は自分を説得してなんとか家まで戻る。

 


玄関を閉めて外の世界が分からなくなると、またじんわりと込み上げてきた不安。

たった今確認したじゃないかと、自分で笑い飛ばすようにしてコーヒーを入れた。

 

カーテンは閉めたままで。

 

僕よ、カーテン、開けたらいいんじゃない。

味見はいらない

料理を作る時人は味見をする、それは必要なのだろうか。

 

味見をしたとして、私が理解できることは

「美味しいか美味しくないか」

それだけ。

 

美味しかった場合どうなるかというと

私の気分が良くなり

にこにこ笑顔で食卓に料理が並べられる。

 

さて美味しくなかった場合が問題だ。

何度も何度も、私はそれを食べる。

美味しくない、ということを、何度も確認する。

美味しくないものが、何もせずただ食べ続けるだけで美味しくなるはずがないのに。

次に食べたらもしかしたら美味しくなっているのではないか、という絶対にないことを期待して何度も食べる。

 

なぜ食べるだけなのかというと、それ以外にできることがないからだ。

 

だって、何をどうしたら味を修正できるのか、

皆目見当がつかないんだもん。

 

そう、美味しくなかった場合、

「少し量が少なくなった美味しくない料理」が食卓に並ぶだけ。

あと、〜あまり機嫌が良くない私も添えて〜

 

つまり、味見はいらない。

 

春を教えるのはたんぽぽではない

朝、誰もいない教室。

一番最初に入ったのは、3年間の中で初めてだ。

 

窓際の席に座り、窓の外を眺めて中学生活を振り返る。

授業をサボった回数は数え切れないし、先生と喧嘩した回数も数え切れない。

こんな俺でも心がざわついてしまう卒業という言葉が、誰もかれもが浮つく春の空気のように、苦手だった。

 

ちらほらとクラスメイトが教室に入ってきて、その中の一人が俺に向かって勢いよく飛び跳ねねてくる、隣の席の田中優吾だ。

「おい洋介〜、珍しいなこんな時間に。さっき途中で見たんだけどたんぽぽ。春だなー、こんな寒いのに」

「俺春嫌いだから」

朝の冷えた空気に反発するように大きい雄吾の声も、少し鬱陶しかった。

そんなこと知りもしない優吾は、え!なんで?とさらに声を大きくして聞く。

「浮かれすぎんだろ。世の中のみんな、頭ん中ぼーっとしてなんでもかんでも忘れる」

優吾は「そうか?」と言いながら教科書やノートを鞄から取り出す。

 

「おい、なんでそんなん持ってきてんの」

最後の日にまで何を勉強する気だよ、と俺は優吾を笑った。

「え?今日卒業前のテストだろ、高校入学前に実力測るみたいなやつ。まぁ成績に入るわけじゃないけどさ、一応高校に連絡入るみたいだから、点数の」

「は?今日卒業式だよな?」

俺の顔を見て優吾は吹き出した。

俺より後に来た何人かも、ちらほらと笑っている。

教室の横のカレンダーを見ると、確かに今日の日付は、卒業式の日付とは全然違っていた。

 

頭を抱えて机に突っ伏した俺を見て、優吾が言った。

「春だな洋介」

 

コーヒーのうしろに

今週のお題「大発見」

 

 

見つけるべきではなかったかもしれない。

 

貼り紙で募集するアルバイト、

昼でも薄暗い店内、

マスターの入れるこだわりのコーヒーは格別に美味しいのに、

それは何かしらのきっかけで店に入り、他の喫茶店と同じように、なんとなくコーヒーを頼んで飲むまで、知られることがない。

 

そんな風にひっそりとすることで、この場所を守っているような喫茶店の、物置になっている部屋。

そんな場所に、さらに地下に続く階段が、意図的に隠されているなんて、そうだ、やはり冷静に考えて、見つけるべきではなかった。

 

そして僕はそれをもっと早くに判断しなければならなかったと、それを再び隠す前に、田辺くーん、とマスターの声が近付いたことで知った。

 

戻しきれなかったその入り口を認識したマスターとこの部屋は、しばらく時間が止まっていた。

時間は流れ続け、止めることも戻すことも、進めることもできないのは誰もが知っていることだが、

この時は、確実に、絶対に、

時間は止まったのだ。

 

再び流れ出した時間の中、マスターは黙って階段を覗き込む。

微かな鐘の音が聞こえた気がした。

「マスター、お客さんかも」

僕は返事を待たずに、急いで店内に戻る。

 

「やぁ。ずいぶん静かですね。閉まってるのかと思った」

「奥であの、探しものをしていて、お待たせしました」

常連の笹川さんはいつもの席に座り、マスターは?と聞く。

すぐ来ますよ、と水とおしぼりを並べながら答えるが、階段を覗き込むマスターの酔狂したような表情が僕の心に引っかかったままだ。

 

笹川さんに少し待つように声をかけ、様子を見に行くと、マスターがいなかった。

絶対に階段を降りたのだと、さすがの僕でも分かった。

 

マスター!と、囁くような、でも遠くには届いてほしいような声で呼びかけながら、僕もそこを降りていく。

僕はコーヒーを淹れられない、笹川さんが待っている、つまりそうするしかなかった。

 

ふと、先に明かりが付いたのが見えて、さっきよりも小さいけれど、

確実にそこまで届く声で、マスター、笹川さんが、と言ったところで、僕は声を失った。

 

世界から隠れるような、赤みを帯びた光に照らされるそこは小部屋のようで、

芸術を知らない僕が息を呑むほどの、絵画やよく分からない形や色の置物が、足の踏み場もない程に置かれている。

 

この空間を作った人は、それらをおそらくとても丁寧に並べたのだろうと分かる。

その数の多さを感じられない程、それらは今置かれているその場所に存在するのが、ここが誕生した時から決まっていたような、秩序立った並びで、僕とマスターの方を見ているように感じた。

 

「あの、」

 

突然の後ろからの呼びかけに、僕とマスターは声を出す間もない程驚き、崩れそうなお互いを支え合った。

 

「ここを見つけたのは君かな?」

 

こ、この部屋は、ち、違います、僕じゃないです、と、暴れる心臓に操られる声を、必死に出しながら、

なぜか冷静な脳みそが、見つけた、という笹川さんの言葉を反芻した。

 

この部屋が、マスターも僕も知らなかったことを、この人は知っているのだろうか、と、

暴れて手に負えなかった心臓が、すーーっと静かになり、今度はゆっくりと、全身に響く程の大きさで脈打ち始め、緊張が僕を包み込んだ。

 

僕の表情が変わったのに気付いたような様子で、笹川さんは今度はマスターを見た。

 

マスターはまだ部屋の中に目を向けたままで、もしかすると僕にも笹川さんにも、気が付いていないのかもしれない。

 

「マスター、勝手にここを借りてしまって悪いんだけどね、これは全部ぼくのものです」

 

笹川さんの言葉で、マスターはやっと目の焦点を、彼に合わせた。

僕は、笹川さんの言葉を予感していたような、していなかったような、驚いたけれど、そうであってほしかったような、よくわからない感情で、もう考えるのをやめた。

 

僕はただのアルバイトで、ここは僕の土地ではないし、これらも全て僕のものではないし、よく考えたら僕に関係があることなんて、ひとつもないじゃないかと、自分でもどこに隠れていたのか分からない冷静さを引き出してきて、脳の混乱を止めた。

 

「笹川さん、こんなもの、どうやって集めたの?」

 

笹川さんは、ほっとしたような、柔らかい息を吐いて笑ったように見えた。

「分かりますか?全部本物です、こんなの、表の世界じゃ手に入らいのでね、人様に言えないような方法で、こつこつと、大変な時間をかけて集めました。そしてぼくは、それがいちばん美しく見えるように、ここに飾っています。誰にも見つからず、ここで隠れて死ぬために、それだけのために生きてきました。でも見つかってしまったなら、また隠れる場所を探さないといけない」

 

その部屋の真ん中で、ひとつひとつと目を合わせながら言う笹川さんが、マスターに向かう。

 

「悪いのですが、一週間でいい、何もなかったことにして、静かに、いつも通り、お店を営業して、マスターも君も、いつも通り働いていてくれませんか。その間に、ここはなかったことになるから」

 

最後の方は、とても静かな言葉だった。

無関係の僕が、涙を流しそうになるくらい。

 

「いや、それはもう無理だ、笹川さん」

 

マスターの言葉が、笹川さんのものになっていた空気を一気に持って行ってしまう。

僕も、今度は本当に驚いてマスターを見た。

「無理ですか、ではどうしましょう。ちょっと物騒なことになってしまうかもしれません」

 

その声は、低く、冷たく変わる。

丁寧な言葉遣いが、その言葉の温度をさらに奪う。

 

「お願いしたい、笹川さんも、今まで通り変わらずにいてほしい。笹川さんも、そしてこの部屋も、今まで通りここにこうやって、存在していてほしい」

泣きそうな目をしたマスターは、懇願するような、切実な声で笹川さんに言う。

 

「こんなの、知ってしまったら笹川さん、僕ももう戻れないよ。この部屋なしに、この店がここで営業し続けるなんて、考えられないんだ」

 

笹川さんの目は細くなる。その柔らかい表情は、マスターの願いを受け入れたように見えた。

 

「マスター、君は何も変わっていない。何も変えずに、今まで通りでいたらいい、決して難しいことではないですよ」

 

笹川さんはそう言うと、階段を登って行く。

マスターは立ち尽くして、まるでその部屋の一部になろうとしているように、動かない。

 

僕が階段を登り店に戻った時には、笹川さんはいなかった。

営業終了までまだ時間はあるが、シャッターを半分下ろし、closeの札をかけた。

 

明日からここに来ることはないだろう。

辞めようと思ったわけではないのに、どうしてもここで明日も働いているようには、思えなかった。

 

そして想像の通り、僕はもう出勤することはなかった。

もう少しで一カ月になる。

 

さっきその喫茶店の前を通ると、マスターお手製の看板があった場所には、「テナント募集中」の看板がかかっていた。

 

僕は最後に笹川さんにお願いしなければならなかった。

 

次の場所は、絶対に誰にも見つからない場所にしてください、と。

 

僕はすぐにあの場所から離れたおかげで、二度と戻らなかったおかげで、日常に戻れたのかもしれない。

 

 

脱落者 改訂

この仕事の好きなところは、手を水で洗い流す、それを何度もできるところだ。

手で水を受けている時は、その美しさに見惚れているだけでいい。

 

カウンターを挟んで真正面に座る三人組のひそひそと話している声も、

こんなに細く流れる水の音が掻き消してくれる。

 

真ん中に座る男は、光沢がある髪が目立つ、髪だけではなく、彼自身も全て作り物ではないかと思ってしまう程ちぐはぐに見える。出来損ないの作り物。

 

ちぐはぐ男の右手、つまり私が向かって左側に座る男は、入ってきてからずっと俯いている。

 

顔を覆う髪の隙間から、高い鼻だけ覗いている。顔を上げたら、綺麗な顔をしているだろう。

少なくとも、ちぐはぐ男と、その横の特に印象に残らない男より魅力的なのは、間違いなかった。

 

ちぐはぐ男は、俯いた彼にずっと何かを語りかけていたが、彼の心が動かない様子を煩わしく思ったのか、声を抑えることができなくなっていった。

タイムスリップしたような精神論を、漫画のような奇跡を、品を感じさせない声量で、世の中の真理を分かっているように、唾を飛ばしながら話し始めた。

 

私は、店内のBGMをほんの少し大きくして、それに対抗してみる。美しいBGMはその美しさのせいで、彼の声を誤魔化すことができなかった。

 

微かな隙間を見つけて、彼らのグラスを回収し、新しくお酒を作る。

その時も彼は顔を上げなかった。

三人とも、音楽をしているのは分かった。それぞれが、どうみても楽器と分かる大きなケースを持っていた。

私には、ギターやベースに見えた。もしバンドをしているのだとしたら、俯いた彼はベースで、真ん中のちぐはぐ男はボーカル、右の・・・よくわからないやつは、何だろうか。ドラムもギターも想像できない。想像できるのは「国語の先生」だ。

勝手な偏見だが、私はそう思った。

 

新しいグラスをそれぞれの前に置き、3歩分くらい離れたシンクで、溜まった洗い物をする。

何者かになれたかもしれない、過去の可能性を思い出す。過去の可能性は、決して未来の可能性にはならない。

それでも何度も、起こるはずのないストーリーを想像した。脱落者は、他人事にして。

 

洗い物を終え、蛇口を閉める。いつもは気にならない、キュッという音がやけに響いた。

 

俺はなれない。

 

彼の低い声は、とても小さいのに、地を這うようにして、私の耳まで届いてしまった。

 

あんたらが共感して、憧れてるようなやつらに、俺はなれない。 

あんたらがなるとも思わない。

 

彼はその声を、私の大切なお店の床に染み込ませると、ひとり出て行った。

似合いすぎる黒いジャケットを羽織って。

 

僕だけじゃないんだろうけど

 

太陽が沈むと、こんなにも寒い。
そのことに僕は安心していた。
太陽は照らしすぎる。


本当は、こんなにも冷え切っていて、

痛くて、透明な空気を、

ジリジリと燃やし、熱く、息苦しくしてしまう。

 

先生は胸ポケットからライターを取り出して、

タバコに火をつけた。

それくらいの灯りが、丁度いいと思った。

 

「生徒の前でタバコ、吸っちゃだめだろ」

 

先生は何も言わずに、大きく吸った息を、

さらに膨らませるように吐き出した。

透明な空気が汚れる。

 


この世界の悪いところは、それが綺麗に見えるところだ。

 

 

「無視かよ」

 

僕はほんのりと温もりを帯び始めたベンチから立ち上がる。
先生がはっきりとこちらを向いたのが分かった。

「そうだな」

先生は一言だけ言い、もう一度タバコを通して空気を吸った。


「お前がこれを問題だと言ったら、問題になるかもな
でも、そうしないだろ?」

 

先生の目は、真っ直ぐに僕を見ている。

僕から離れたところにある街灯の、頼りない灯りでもそれが分かった。

 

「何でお前がそれをしないか知りたい???」


「いや、別に」

僕は、まるであの街灯の光が、とても大切なものであるかのように、

それを見つめながら言った。

 

何で僕がそうしないと先生が思っているのか、想像できた。

僕みたいな生徒は今までにたくさんいたということ。
僕もその大勢の生徒と一緒だということ。

 

僕は決して、特別じゃないということ。

 

 

太陽を疎ましく思うのも、
冷え切った空気に安心するのも、
透明なそれが汚れるのを綺麗だと感じるのも、


僕だけじゃないということ。

 

僕は空を見上げた。
さっきまでは透明に見えていた空気が、もう見えなくなった。

 


夜の空は暗い。

それは普通のことだけれど、僕はこの時初めてそう思った。


星が綺麗だ。

それも普通のことだけれど、僕は初めてそう思った。

 

 

「先生」

短くなったタバコを名残惜しそうに吸っている先生は、

うん、とだけ言い、タバコの火を消した。

 

「明日、校長先生に言いに学校に行くよ。先生は生徒の前で平気でタバコを吸っていますって」

 

先生は、ブッと大きな音を立てて息を吐き出した後、

今までよりも少し大きな声で言った。

 

「おいおい、この流れでそれはないだろ」

 

最後の方は堪え切れずに声が震えていた。

肩が震え、ひいひいと笑い声が漏れ出ている。

僕も思わず顔がにやける。

 

「あーあ」

 

上を向いて、ニコチンの混じっていない、ただの白い息を吐き出した。


僕にはそれだけで良かった。

 

「明日、学校に行くの面倒くさいけど、その為に行くよ、はぁ」

 

「いやいや、それだと俺は学校に来てほしくないって思ってしまうから、やめてくれ」

 

先生はまだ肩を揺らしながら笑っている。

 

「そう言ってたこともちゃんと報告しとく」

 

「おいおいおいおい。やーめーろー」

 

先生は笑いながら、もう一本タバコを取り出そうとした。

僕はふっと、思い付いたことを言ってみた。

 

「先生、夜の公園でタバコを吸うって、普通過ぎるよ」

 

タバコを咥えようとした手を止めて、先生は「おー」と、

納得したような腑に落ちないような、中途半端な声を出した。

 

「初めて言われたわ、そんなん」

 

そして「うん」と、やっぱり納得したように頷いて、

もう一度タバコを持ち直し、
僕に見せつけるように、しっかりと火をつけた。

 

タバコに灯る小さな火を、綺麗だとも、汚れているとも思わずに、

僕はただ、じーっと眺めていた。

 

 

子どもの家

「可哀想だなって思った、色んな意味で」

 

「色んな意味で?」

少年は笑いながら聞き返してくる。

 

「本当に、子どもみたいな大人っているんだなって。ひと回り以上も年下の私にそう思われたことも、可哀想だよね」

 

「ふーん」と、少年は、ゴロゴロとした氷が入ったコップを傾ける。

 

飲んでいるのはオレンジジュースのはずなのに、

その大人びた表情のせいで、アルコールが入っているかのように錯覚してしまう。

 

「君は、なんていうか逆だよね」

 

「逆?」

 

「子どもなのに、大人みたいだ」

 

「あぁ」

 

少年は、ふっと、少しだけ頬を緩ませた。

 

「ここではね、たくさんの大人が、僕に話をしてくれるんだ。

お姉さんがさっき言ってたように、

あぁ、この人子どもみたいだなーって、思った人もいたなぁ。

さっきのお姉さんの話でいうと、

僕みたいな子どもにそう思われて、可哀想ってことになるのかな」

 

少年はちらりと視線を寄こし、ニヤリと口角を上げた。

 

「とにかく、たーーっくさん話を聞いたんだ。

まるで僕自身が、その人たちの人生を歩んでいるみたいにね」

 

「君は、ずっとここにいるの?」

 

「僕はずっとここにいるよ」

 

「ここがお家?」

 

「ううん、お家はねぇ、あ、ここのドアを出たら見えるんだ。

ほら、あそこ」

 

少年の無邪気な雰囲気とはかけ離れた、

1ミリもずれることが許されないような、整えられた庭園がちらりと見える。

奥にそびえ立つ建物は、見ただけで体がきゅっと引き締まってしまう程の威厳がある。

 

「じゃあ、住んでいるところはあそこなんだね」

 

「ううん、僕はここに住んでいるんだよ」

 

「あそこがお家なんでしょう?」

 

「うん、だけどあそこには、子どもみたいな大人しかいないから、

僕は住めないんだ」