志真の記録

内向的人間のちょっとした発信。

僕だけじゃないんだろうけど

 

太陽が沈むと、こんなにも寒い。
そのことに僕は安心していた。
太陽は照らしすぎる。


本当は、こんなにも冷え切っていて、

痛くて、透明な空気を、

ジリジリと燃やし、熱く、息苦しくしてしまう。

 

先生は胸ポケットからライターを取り出して、

タバコに火をつけた。

それくらいの灯りが、丁度いいと思った。

 

「生徒の前でタバコ、吸っちゃだめだろ」

 

先生は何も言わずに、大きく吸った息を、

さらに膨らませるように吐き出した。

透明な空気が汚れる。

 


この世界の悪いところは、それが綺麗に見えるところだ。

 

 

「無視かよ」

 

僕はほんのりと温もりを帯び始めたベンチから立ち上がる。
先生がはっきりとこちらを向いたのが分かった。

「そうだな」

先生は一言だけ言い、もう一度タバコを通して空気を吸った。


「お前がこれを問題だと言ったら、問題になるかもな
でも、そうしないだろ?」

 

先生の目は、真っ直ぐに僕を見ている。

僕から離れたところにある街灯の、頼りない灯りでもそれが分かった。

 

「何でお前がそれをしないか知りたい???」


「いや、別に」

僕は、まるであの街灯の光が、とても大切なものであるかのように、

それを見つめながら言った。

 

何で僕がそうしないと先生が思っているのか、想像できた。

僕みたいな生徒は今までにたくさんいたということ。
僕もその大勢の生徒と一緒だということ。

 

僕は決して、特別じゃないということ。

 

 

太陽を疎ましく思うのも、
冷え切った空気に安心するのも、
透明なそれが汚れるのを綺麗だと感じるのも、


僕だけじゃないということ。

 

僕は空を見上げた。
さっきまでは透明に見えていた空気が、もう見えなくなった。

 


夜の空は暗い。

それは普通のことだけれど、僕はこの時初めてそう思った。


星が綺麗だ。

それも普通のことだけれど、僕は初めてそう思った。

 

 

「先生」

短くなったタバコを名残惜しそうに吸っている先生は、

うん、とだけ言い、タバコの火を消した。

 

「明日、校長先生に言いに学校に行くよ。先生は生徒の前で平気でタバコを吸っていますって」

 

先生は、ブッと大きな音を立てて息を吐き出した後、

今までよりも少し大きな声で言った。

 

「おいおい、この流れでそれはないだろ」

 

最後の方は堪え切れずに声が震えていた。

肩が震え、ひいひいと笑い声が漏れ出ている。

僕も思わず顔がにやける。

 

「あーあ」

 

上を向いて、ニコチンの混じっていない、ただの白い息を吐き出した。


僕にはそれだけで良かった。

 

「明日、学校に行くの面倒くさいけど、その為に行くよ、はぁ」

 

「いやいや、それだと俺は学校に来てほしくないって思ってしまうから、やめてくれ」

 

先生はまだ肩を揺らしながら笑っている。

 

「そう言ってたこともちゃんと報告しとく」

 

「おいおいおいおい。やーめーろー」

 

先生は笑いながら、もう一本タバコを取り出そうとした。

僕はふっと、思い付いたことを言ってみた。

 

「先生、夜の公園でタバコを吸うって、普通過ぎるよ」

 

タバコを咥えようとした手を止めて、先生は「おー」と、

納得したような腑に落ちないような、中途半端な声を出した。

 

「初めて言われたわ、そんなん」

 

そして「うん」と、やっぱり納得したように頷いて、

もう一度タバコを持ち直し、
僕に見せつけるように、しっかりと火をつけた。

 

タバコに灯る小さな火を、綺麗だとも、汚れているとも思わずに、

僕はただ、じーっと眺めていた。