湊川は、チェストの上にある親指ほどの大きさの、ピンク色に塗られた塊を手に取った。
「例えば、これだよ」
うさぎのフィギュアだ。
「うさぎと私が、似ているということですか?」
湊川は私に、臆病だと言った。
うさぎの寂しがりやなところや、繊細なところが、私のびくびくしているところと一緒だ、ということだろうか。
「君はこれ、うさぎに見えるの?」
どう見てもうさぎだと思った。
ピンク色がうさぎを連想させたし、
いや、実際にはうさぎはピンク色ではないだろうが、絵になるとなぜかうさぎはピンク色で描かれることが多い。
私も、幼い頃はうさぎをピンク色で塗っていた。
それに耳は長く、細い前脚に対する後ろ脚の大きな筋肉が、今にも飛び跳ねそうだ。
「うさぎ、だと、思います・・・・・・」
「この、ピンク色の塊が??」
湊川はうさぎであろうその塊をじっくりと観察し、ふーん、と呟いた。
私は焦ったく感じ、湊川に言った。
「じゃあ湊川さんは、何だと思うんですか??」
湊川の方へ手を伸ばし、彼がまだ眺めているそれを奪い取った。
「うさぎじゃなかったら、これは何なんですか?」
湊川は鼻から息を吐き出し、ほんの少し口角を上げたように見えた。
じりじりと私に近付き、私に弱々しく握られているそれを優しく包み込んで取り上げた。
「君は、臆病だねぇ」
まただ。
取り上げた手の上に乗るうさぎを見ていた目が、その言葉と共に、ゆっくりと私を捉えた。
湊川はピンク色の塊をチェストの上に戻し、キャストが揃い始めた現場の方向へ足を向けた。
「なんであれをうさぎだと言ったら臆病なんですか!?」
私は湊川の後を追い走り、勢い余って腕を強く掴んでしまった。
皆の視線が一瞬こちらを向き、ピンと張り詰めたのが分かった。
湊川は軽い力で私の腕を振り払い、
「君は、何がそんなに恐いんだろう。不安そうなのは何故だと思う?」
怒鳴られる、と首を竦めた私は、
湊川の深く包み込むような声に、さらに背中を丸くした。
「不安っていうか・・・気になります、うさぎだと思います。それが違うって言われたら、何なのか気になりますよ。こわいとかじゃないです」
声が震えているのが分かった。
これ以上は喋らない方がいいと、私の記憶が警告をしてくる。
「それをうさぎだと思おう、って、君の脳は思ったんだろうね。そして、それが危うくなるのを恐れている。思っているんじゃない、思い込んでいるんだ、君は意識していないかもしれないけどね」
声色を変えずに、私を見ずに、湊川は言った。
台本を見ている。もう引いた方がいいのは明らかだった。
「教えていただいて、ありがとうございました。」
私は震えるのを抑えた声をなんとか絞り出し、湊川の方を向いたまま、ゆっくりと後ろへ下がった。
「自分以外のものが、全て正しいわけじゃないぞ」
別に私に聞こえていなくてもいいと思っているような声で、湊川が呟いた。
私の耳ははっきりとその声を捉えた。