すでに彼女のことは見えていなかった。
頭の中にだけ存在している視界にも、彼女の姿はなかった。
あいつが話していたことが、気になって仕方がなかった。
それが隠語かどうかは、もうどうでもよかった。
頭の中で、クローゼットの隅に置いている、
何年前のものか分からない書類の山が見えた。
それが僕を混乱させている。
書類の上に積み重なっている服も、着ていないものだらけだ。
今すぐにどうにかしなければならない。
捨てたい。
要らないものを捨てたい。
僕は立ち上がった。
彼女が急に、目の前に現れた気がして驚いた。
ずっとそこにいたはずなのに。
僕は勢いよく息を吸い込むと、財布を取り出し、彼女に金を渡した。
え、ちょ、と言う彼女を残して店を出た。
家に着くや否や部屋中をひっくり返し、手に取ったものを捨てていく。
なぜ今ここにあるのか、本当に全く分からない程、
全てに価値がないように思えた。
適当に分別して、いっぱいになった袋をまとめた時には、
俺の姿を映していたはずの窓から、光が眩しく、鋭く差していた。
光が差し照らす、殺風景になった部屋を見渡し、気持ちが高ぶるのが分かった。
目を細めなければならない程の朝日も、優しく部屋を包んでくれているように感じた。
一旦トイレに入り、呼吸を整えながら、
さっきまでのことを思い返すと、気持ちがまたふつふつと沸いてきた。
会社に休む連絡を入れ、もう一度、まだ部屋に残っていたものをひっくり返した。
あんなに捨てたはずなのに、まだ要らないものはたくさんあった。
あれも、これも。
身体中を何かが駆け巡り、はっきりとした鳥肌が立った。
TVが付いている。
いつもは仕事をしている時間帯だ。
普段は見ることのないニュース番組が流れている。
このテレビも、要らないな、と考えていると、速報が入った。
あいつが麻薬所持で逮捕された。
痛いほど尖っていた鳥肌が、柔らかく肌に戻っていく。
あいつは、ただ薬に狂っていただけのやつ。
どうでも良かったはずなのに、下半身からお腹のあたりにかけて、
得体の知れない気持ちが悪いものが這いずり回る感覚に襲われた。
薬はいらない
要るのは捨てるもの
いっぺんやったらやめられねぇんだよ、断捨離はよぉ。
あいつの声が耳に残っている。
そんな阿保な話があるか、と思った瞬間から、
僕の足は沼に嵌っていたのだろう。