志真の記録

内向的人間のちょっとした発信。

春を教えるのはたんぽぽではない

朝、誰もいない教室。

一番最初に入ったのは、3年間の中で初めてだ。

 

窓際の席に座り、窓の外を眺めて中学生活を振り返る。

授業をサボった回数は数え切れないし、先生と喧嘩した回数も数え切れない。

こんな俺でも心がざわついてしまう卒業という言葉が、誰もかれもが浮つく春の空気のように、苦手だった。

 

ちらほらとクラスメイトが教室に入ってきて、その中の一人が俺に向かって勢いよく飛び跳ねねてくる、隣の席の田中優吾だ。

「おい洋介〜、珍しいなこんな時間に。さっき途中で見たんだけどたんぽぽ。春だなー、こんな寒いのに」

「俺春嫌いだから」

朝の冷えた空気に反発するように大きい雄吾の声も、少し鬱陶しかった。

そんなこと知りもしない優吾は、え!なんで?とさらに声を大きくして聞く。

「浮かれすぎんだろ。世の中のみんな、頭ん中ぼーっとしてなんでもかんでも忘れる」

優吾は「そうか?」と言いながら教科書やノートを鞄から取り出す。

 

「おい、なんでそんなん持ってきてんの」

最後の日にまで何を勉強する気だよ、と俺は優吾を笑った。

「え?今日卒業前のテストだろ、高校入学前に実力測るみたいなやつ。まぁ成績に入るわけじゃないけどさ、一応高校に連絡入るみたいだから、点数の」

「は?今日卒業式だよな?」

俺の顔を見て優吾は吹き出した。

俺より後に来た何人かも、ちらほらと笑っている。

教室の横のカレンダーを見ると、確かに今日の日付は、卒業式の日付とは全然違っていた。

 

頭を抱えて机に突っ伏した俺を見て、優吾が言った。

「春だな洋介」